ふえるカミナリ登山 富士でタイプを分析 なぜそう急ぐ?
登山ブームと天気に恵まれ、1960年の富士山はお山開き以来8万1500人(5つの登山口・24日現在)のお客さんが押しよせ、空前の記録を作っているが、「カミナリ登山」はあとをたたず、ケガ人を出したり迷子も出てこのところ事故が続出している。大事にならなければよいが…と関係者を心配させている。
<セッカチ型>=汗びっしょりになって富士山の電光形の登山路を行列をつくって登る人たちの中から突然飛び出し直線に登り出す若者。犬に追われて木をよじ登るネコみたいな姿。せまい道で追い越しもできず、すべり落ちてけがをした登山者は数え切れないほどいる。
<アロハ型>=サンダルをはいてローマ字模様のシャツを着、ツバの広い帽子をかぶり、ポータブルラジオを鳴らして、男女手をとって登る型。山開き以後、何回か起きた遭難一歩手前というのもすべて原因は軽装にあった。
<慎重すぎる型>=堂々たるアルピニスト姿。岩登り用の登山靴をはき、暑いのにヤッケを着、背には山のようなルックをしょい手にはピッケルを持っている。用心以上の用心は決して悪くはないのだが…
<入院型>=細ヒモで腹をしばられ若い男性に引っぱられて登る女性。7合目でついに力つきて倒れ、県救護所で手当てを受けて付近の山小屋に2晩も泊まったとのこと。救護所へころがりこむ高山病患者や負傷者はあとをたたず、医師は治療に追われっぱなし。いずれも自分の体力に応じない登り方をしたため「山へ病気しに来た」と悪口を言われるのも無理はない。
<おしのび型>=「自分の名前を書く30秒を、なぜいやがるのだろうか」と係員はいっているが、河口湖駅、富士吉田駅はじめ途中数カ所に置かれている登山者名簿は全く利用されていない。思わぬ時にこの名簿が役立ち、命を救った例もあるほどだが…。
<文なし型>=もっぱら学生に多い。大月までの汽車賃をもって乗車、大月から往復歩いた猛者もいた。業者も大分もうけ主義になってはいるが金剛杖をしつこく値切っている人も見受けられる。一方で、仲間とはぐれてしまい、無一文で困っていた男性は、山小屋の主人が1000円を貸してくれたので無事帰京することができたとお礼の手紙を添え、25日富士吉田署へ報告して来た。【当時の紙面から】
(1960年7月26日付 山梨日日新聞掲載)