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噴石対策、御嶽が教訓


山小屋補強、費用が重荷

 「噴火時に登山者や従業員の安全を確保するためにも、ご理解をお願いしたい」。昨年10月、富士吉田市の富士山火山対策室の担当者は、吉田口登山道の山小屋関係者を前に「避難促進施設」の内容を説明し、理解を求めた。

 避難促進施設は、噴火時に円滑で迅速な避難が求められる施設で、市町村が指定する。市が指定を目指す背景には、山小屋にシェルター機能を備え、噴火時の避難先とする狙いがある。担当者は「山小屋の構造を強化する工事に国からの補助を得るには、施設への指定が必要になる」と説明する。

 2014年9月、御嶽山で起きた噴火では登山者に噴石が直撃し、58人が死亡。噴石から身を守る対策がクローズアップされた。内閣府は15年に手引をまとめ、富士山など全国50の火山でシェルターの設置を求めた。新設が難しい場合、既存の施設をアラミド繊維で補強する対策も有効と明記した。

 防弾チョッキに使われるアラミド繊維は軽く、運搬しやすい半面、耐用年数が短く、設置コストが高額になる。富士山吉田口旅館組合の組合長の中村修さん(70)は「設置時の各山小屋と行政との費用負担割合がどうなるのか。更新時の負担も重荷になる」と懸念。山小屋をアラミド繊維で補強することに慎重な姿勢を示す。

できることから

 吉田口登山道の16軒の山小屋では窓ガラスに飛散防止のフィルムを貼り付けるなど、御嶽山噴火を踏まえた取り組みを進めている。中村さんは「できるところから登山者の安全確保を進めている」と説明する。

 実現性が高い代替案として浮上しているのが、山小屋の屋根や壁に使われる厚さ15~18ミリのスギ板の二重化だ。県富士山科学研究所は防衛大と共に16年度から、物体を高速で噴射させる装置で富士山の岩石と同程度の密度の石を衝突させる実験を実施。1枚のスギ板よりも板を直交させて二重にすることで衝突に対する耐久性が向上したことを確認した。

 【写真】山小屋の屋根のスギ板を二重にした場合の噴石の衝撃を検証する山梨県富士山科学研究所の吉本充宏さん=富士吉田市上吉田

 手引の作成と衝突実験に関わった県富士山科学研究所の主任研究員、吉本充宏さん(48)は「御嶽山と違い、富士山は山小屋に車両で資材を運搬できる。費用対効果を踏まえた対応を、山小屋や行政機関で話し合っていく必要がある」と指摘。アラミド繊維にこだわらず、山小屋の補強を進めるべきだとの考えを示す。

収容力には限界

 夏の登山シーズンに約15万人が訪れ、多い日には1日4千人を超える登山者が山頂を目指す吉田口では、山小屋や避難路の収容力にも限界がある。中村さんは「全員が下山するのにも半日以上かかる。予兆をなるべく早くつかんでほしいというのが本音だ」と明かす。

 吉本さんは「御嶽山のようにノーマークの状態で噴火することはないと思われるが、避難中に噴火する可能性はあり得る」と推測する。火口の位置が想定できず、新たな開発には厳格な規制が適用される富士山では、全ての噴火現象から登山者を守ることのできる構造物を造るのは難しい。「100パーセントの安全」を保証できる対策は見当たらないのが実情で、関係者の模索は続いている。


 【「守る命」富士山噴火に備える】
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