パネルディスカッション
パネリスト
ピーター・フランクルさん 数学者
織作峰子さん 写真家
後藤太栄さん 和歌山県高野町長
コーディネーター
田中章義さん 歌人
田中 個性豊かなパネリストを迎えた。まずは富士山への思い、かかわりについて聞きたい。
フランクル 日本に来て今年でちょうど四半世紀になる。来日して2カ月たったころ、初めて富士山を見た。半日ほど待って、富士山が雲間から姿を現した時の感動は忘れられない。新宿のマンションからも、晴れた日にはよく見えた。外国人にとって日本のイメージといえば、昔は「侍、芸者、富士山」だった。日本に来るときに船からも飛行機からも、まず目にするのは富士山。日本の最初の印象だろう。
日本人はよく「富士は日本一の山」というが、標高が一番高いとか、美しいとか他と比較するのではなく、日本の象徴という視点で世界遺産登録に臨んでほしい。富士山の素晴らしさは、日本人の約2割の3000万近い人が日々富士山を眺められるということだろう。モンブランはパリから見えないし、エベレストもネパールの首都から見ることはできない。たくさんの人間が日常的に眺められるという点で、富士は世界一の山だと思う。
織作 朝焼けも夕焼けも似合う富士山は、フォトジェニックで魅力的な山だと思う。雪をたたえた姿が象徴的だ。富士山があるせいか、静岡と山梨のアマチュアカメラマンは全国的にみて写真が上手。美しいものを見る目が養われているのかもしれない。素晴らしい環境の中に日々暮らしていることをうらやましく思う。富士山のある風景を求めて多くの芸術家も移り住んでいる。江戸時代には葛飾北斎や歌川広重らによる浮世絵の舞台にもなり、歴史的にも美の象徴になっている。富士山は日本人の美の原点、日本人の財産だと思う。
後藤 富士山は静岡や山梨の人だけの山でなく、日本人の山だと思っている。日本人がイメージする山の形、聖地、神の宿る場所であり、人生観の構築に深くかかわっている。海外では多くの人が山の絵にピークを描くが、日本人はだいたい上が真っ平らな山を描く。ヨーロッパの人には未完成と感じるらしいが、日本人は美しいと思う。それが大事。富士山の普遍的価値とは、日本人の文化や風俗、習慣、人生観構築の礎になっている点ではないだろうか。
日常的に眺められる山 フランクルさん
芸術性高い「美の原点」 織作さん
文化や人生観構築の礎 後藤さん
田中 富士山の世界文化遺産登録に向けた動きは、暫定リスト登載にまでこぎ着けた。今後の課題は、顕著で普遍的な価値の証明や、後世に残していくための保存・管理、地元の理解や協力など山積している。登録までに私たちに何ができるのか。2004年に高野山の世界遺産登録を実現させた、世界遺産の先輩にうかがいたい。
後藤 1993年ごろから登録活動を行ったが、まだ世界遺産の理念が日本人には伝わっていないような気がする。「世界遺産」は国連では「ワールドヘリテージ」といい、「遺産」という過去の遺物といった意味よりも、本来、今も機能している大切な宝物という意味合いの方が強い。
また世界遺産を「もの」ととらえがちだが、白川郷には結(ゆい)という相互扶助の風習があり、白川郷の合掌造りが残った。普遍的価値にはものと理念の両方が重要。富士山の場合も、物理的に立派な「もの」があるのだから、それにまつわる文化的な理念、日本人の根源的な精神性をもっと検証すべきではないだろうか。
登録後、富士山を維持するにはどうしたらいいか。ボランティアで金を集めて維持できるのか、観光収入を還元できるようにすべきなのか、地域の人々が考えなくてはいけないと思う。
田中 登録に向けて、個人レベルではどんな取り組みや問題意識が必要か。
織作 ごみの問題が気にかかる。富士山頂に文字や絵を書いた石が並び、コケ類に悪影響を及ぼしているという記事を最近読んだ。それに対しての罰則は6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金という。自然を守るためには、こんなふうに人間を罰していくしかないのだろうか。
ごみを持ち帰ることはそんなに難しいことではないと思う。尾瀬では入場を制限したり、木道を作って自然を破壊しないような措置を取っている。富士山はどこからでも自由に入れるから、モラルの問題をどうクリアしていくのか、無関心の人にどうやって興味を持たせるかが重要になってくるだろう。やはり地元の人の努力や意欲が不可欠で、自分のごみだけでなく他人のごみを持ち帰る姿勢など、他県の人へのお手本となってもらいたい。
フランクル 日本人のモラルは間違いなく低下している。「衣食足りて礼節を知る」ということわざがあるが、格差社会の中で他人を思いやる余裕がない人が多くなっているのではないか。観光に関する意識は世界中で高まっていて、米国には「足跡以外は何も残さないで」「写真以外は何も持って帰らないで」という自然観光運動のスローガンがある。富士山は大切な山だから、他人の捨てたごみも拾おう。もし他人の車から自分の子どもに泥がかけられたら、母親はそれを迷わず落とす。そういう気持ちで富士山に接してほしい。
後藤 片付けながら資源を消費しない観光へと移行するなど、できるだけごみを捨てさせない方法を考える必要がある。きれいな観光地をつくった方がもうかると分かったら守る人も増えるだろう。世界遺産条約は日本民族がこれからどう生きていくべきかという深い理念を持った、アカデミックな理論体系のもとに作られたものだと思う。その理念を学び、次代を担う子どもたちに伝えていかなければ世界遺産を守れない。登録はゴールではなく、すべてを背負って守っていくスタートだ。
ごみ持ち帰りから実践 織作さん
愛情、崇拝の思い込めて フランクルさん
ほかの観光地の見本に 後藤さん
田中 先日、富士山に登ったが、1つ残念なことがあった。海外の登山者に「なぜあなたたち日本人は登山中の喫煙を許しているの?」と聞かれた。「自然を大切にしたい場所で、たばこの煙を吸いながら登らなくてはならないのは残念」とも言っていた。世界遺産ということを考えたら、今後、禁煙という問題も考えなければならないかもしれない。あらためて世界遺産に向けた富士山へのメッセージ、意見を。
織作 富士山ほど全容が見えたときに得した気分になる山はない。こんなに均整の取れた美しい山は少ない。この山を自慢し、地元の人が清掃することから始め、世界の見本になることを願っている。身近なごみ問題から個人レベルで解決策を考え、実践することが大事。みんなが広報官になって海外に行った時や、他県から来た人に富士山の魅力を語ることも重要だと思う。富士山の写真は何度も撮っているが、すそ野の広大な自然も美しい。誇りを持ってアピールしていったらいいと思う。
後藤 富士山が世界遺産に手を挙げたことには意味がある。禁煙の問題は抵抗が大きく難しいが、「富士山がやったらうちもやるんだ」と、ほかの山や観光地の見本になる。また世界遺産への取り組みは、世界の中で日本民族がどう生きていくのか、工業国か、農業国か、観光立国かという方向性を議論できる運動ではないかと思っている。富士山の神秘性、霊峰としての崇高性は日本人全体のもの。それを守るために条約の原本や多くの例を通して、日本中で世界遺産の理念を勉強していくべきだろう。
フランクル 日本で世界遺産への関心が高まった理由の1つは金銭的な利益があると思う。観光客を増やす手段として世界遺産に登録するのでは寂しい。地元の人々や日本人全体の愛情、崇拝の思いを込めて登録活動を進めてほしい。
Peter Frankl(ピーター・フランクル)さん 1953年ハンガリー生まれ。数学者で大道芸人。同国の最高科学研究機関・ハンガリー学士院メンバー。日本ジャグリング協会名誉顧問。
織作 峰子(おりさく・みねこ)さん 1960年石川県生まれ。81年度ミスユニバース日本代表。87年に写真家として本格的な活動をスタート。大阪芸術大教授。
後藤 太栄(ごとう・たいえい)さん 1957年生まれ。2004年に高野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産登録されたのを機に「宗教環境都市」を目指し、さらに魅力あるまちづくりに取り組む。
田中 章義(たなか・あきよし)さん 1970年静岡県生まれ。第36回角川短歌賞を受賞。国連環境計画・地球環境平和財団「地球の森プロジェクト」推進委員長。ワールドユースピースサミット平和大使。
(2007年7月20日付 山梨日日新聞掲載)