「富士山世界遺産へ」<下> 「保全・伝承」審査の鍵
災害対策具体性乏しく 価値広める取り組みも課題
横内正明知事が7月末に文化庁長官に提出した「富士山」の推薦書原案。厚さ5センチほどのファイルの中には、包括的保存管理計画と題した冊子が含まれている。世界文化遺産を後世に残すため、どのように守っていくかをまとめた資料。富士山が世界文化遺産にいかにふさわしいか、文化的価値を記した推薦書の陰に隠れてしまいがちだが、登録実現を左右しかねない重要な資料だ。
近年の世界遺産登録審査が厳しくなった理由は、「増え過ぎた遺産を保全しきれなくなり、数を絞ってきているため」(文化審議会の五味文彦世界文化遺産特別委員長)と言われる。世界遺産登録の活動そのものが、人類の宝を後世に残すことが目的だけに、遺産の保存方法をどのように確保しているかは、文化的価値とともに登録審査の中でも重視される。
地形崩壊の防止
富士山の包括的保存管理計画はA4判で約70ページ。富士山の構成資産に関わるエリアの環境変化や自然災害などの課題を説明した上で、富士山の価値を守るために開発を規制するなどの対策や山梨、静岡両県による管理保存組織を示している。しかし、土砂崩れなど災害に対しては「地形崩壊を防止するため必要な場所に砂防えん堤の設置を行う」などと記されるのみで、具体性に乏しいところもある。
9月に日本列島に上陸した台風12号は、和歌山、奈良、三重の3県にまたがる文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を直撃。信仰の道である「熊野古道」で土砂崩落が起き、古道が埋没したほか、信仰の対象となった「那智大滝」も増水などで形状が変化するなど大きな被害が出た。
「国内遺産に被害が出たので、今後の登録審査でも災害対策は問われる可能性はある」。文化庁の担当者はこう指摘する。同様の見方を示す文化審議会の専門家もいて、年明けに提出する推薦書正式版の取りまとめでは、より具体的な災害対策が論議される可能性がある。
理解してもらう
「遺産を後世に伝える」という目的の中には、構成資産を守ることのほか、遺産の価値を伝えることも含まれる。世界文化遺産に登録された「平泉」の関係者は、登録審査の中で現地調査に訪れた国際記念物遺跡会議(イコモス)の専門家からこんな質問を受けたという。「私は説明を受けたから価値が分かるが、一般の来訪者は分かるのか」
平泉ではイコモスから登録延期の勧告を受けた後、平泉文化遺産センターを整備。発掘で出土した考古資料などと合わせて視覚的に文化遺産を紹介するようにした。岩手県教委の中村英俊文化財・世界遺産課長は「遺産を理解してもらう努力が足りないという指摘だった。守るばかりでなく、価値を広めるという視点も必要だ」と説明する。
富士山麓には県立富士ビジターセンターなどはあるが、まだ文化遺産を目指す富士山の価値を紹介する施設という位置付けにはなっていない。静岡県側にも該当する施設はない。富士山の文化的価値を証明するだけでなく、富士山を守り、その価値をどのようにして伝えていくのかも問われている。(おわり)