文学作品に見る霊峰考察
元山梨英和大教授で2019年に57歳で亡くなった日本文学研究者・石田千尋さんの富士山研究にまつわる論文をまとめた「富士山と文学」(新典社刊、2805円)。2021年7月刊行。古代から近現代まで、和歌を中心に漢文や物語、説話など多様なジャンルの作品の解釈を掘り下げながら、富士山像の形成と展開を考察している。
石田さんは富士山の世界文化遺産登録に向けて山梨県富士山総合学術調査研究委員会文学部会長として取り組んだほか、県立文学館専門委員、中央大・聖心女子大兼任講師も務めた。
本書は、富士山が日本文学において受け継がれてきた重要な文化的素材であることを広く知ってもらおうと、親交のあった研究者らが石田さんの論文や講演録などを整理して収載した。
講演録「富士山の古典文学」では、古典文学における富士山の表現について、恋情を託す山、神仏としての山など主に四つの類型があることを提示している。信仰対象として富士山が文学作品にはっきり描かれるようになったのが中世だったと解説、紀行文「海道記」に記されている竹取説話での富士山の捉え方などを論じている。
万葉集の歌などを引きながら古代の人にとっての富士山に触れた論考では、「地上の他界」と見られていたことがうかがえる具体例を紹介。「天空を貫いてそびえる山頂を仰ぎ見ること。そのまなざしにこそ、富士山に対する信仰の原点があるように思われる」と記している。
室町時代の僧侶で歌人でもあった道興がとらえていた富士山の存在から信仰と文学の関係を考察したほか、北原白秋の富士山詠なども取り上げている。
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