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2019.9.22 所属カテゴリ: ふじさんクエスト / 文化・芸術 /

津田青楓と富士

 美術団体「二科会」の創立に尽力した京都府出身の画家津田青楓(1880~1978年)は、初めに日本画、後に洋画を学んだ後、日本画に復帰。約70年の間に日本画や油絵、書など多数の作品を残しており、中でも墨彩画は初期と晩年で作風が大きく変化。代表作「疾風怒濤」などの油絵制作を経て、晩年は線の太い大胆なタッチへと変わっていったという。

 富士山や花を好んで描いたとされ、最晩年の95歳の時に描いた墨彩画「紅葉と富士」をはじめ、現在の甲州市勝沼町のブドウ郷と富士山を一枚に収めた絵画、菊やツバキ、モクレンなど花をモチーフとした作品などがある。

 夏目漱石とも親交が深く、絵を教えていた。漱石の四女を描いた「少女(夏目愛子像)」などもある。また、漱石の「明暗」は青楓が装丁を手掛けた。

 山梨県笛吹市一宮町の、周りをブドウ畑に囲まれた中に青楓美術館が建つ。同館は青楓と親交があった旧一宮町上矢作出身の歴史家、小池唯則さん(1902~1982)が1974年10月23日、私設美術館として創設。小池さんの死後、遺族が町に寄贈。現在は笛吹市立の美術館となっている。

 白い壁のモダンなデザインが特徴。青楓作品の所蔵数は約500点で、国内の美術館の中ではナンバーワンという。

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