「豊饒の海」詩集で刊行案
三島直筆の資料公開
山中湖・徳富蘇峰館できょうから

更新日:2019年05月14日(火)

 作家三島由紀夫(1925〜70年)が太平洋戦争終戦前後に、詩集「豊饒の海」を刊行するプランがあったことを示す原稿が14日から、山中湖・徳富蘇峰館で公開される。最後の長編小説「豊饒の海」刊行の20年以上前に、同名の詩集を構想していたことを自筆で確認できたのは初めて。原稿を所蔵する三島由紀夫文学館(山中湖村)の井上隆史研究員は「ライフワークとした長編小説の詩的源泉を示す貴重な資料」と指摘している。

 原稿には「詩集 豊饒の海」のタイトルと署名を記載。これまで「豊饒の海」の名で詩集を企画していることを伝える書簡の存在は知られていたが、初めて自筆の資料で裏付けられた。

 原稿からは詩集の内容は分からないが、合わせて公開する1949年ごろ書かれた「目録」には「夜告げ鳥」「バラアド」「詩人の旅」など19編のタイトルが記載されている。

 三島文学に詳しい白百合女子大教授の井上研究員は「三島は純粋なきれい事としての詩と、現実社会を描く小説を分けて考えていた」と指摘。「空襲が相次いだ戦争末期に詩的世界を育んだ三島にとって、詩はネガティブなものをポジティブに転換する魔法のようなものだった」とみている。

 三島は49年に「仮面の告白」で作家として出発。「豊饒の海」は晩年の69〜71年、全4巻からなる長編小説として刊行された。井上研究員は「小説家、劇作家となっても詩は三島の核であり、詩人の魂が最期まであった」と話している。

 原稿は、14日から徳富蘇峰館で開かれる三島由紀夫文学館開館20周年記念企画展「転生する詩的宇宙−21世紀文学としてのMISHIMA」で展示される。問い合わせは三島由紀夫文学館、電話0555(20)2655。

三島由紀夫が詩集として「豊饒の海」を刊行するプランがあったことを示す原稿=山中湖・徳富蘇峰館
三島由紀夫が詩集として「豊饒の海」を刊行するプランがあったことを示す原稿=山中湖・徳富蘇峰館
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