ワカサギ移入100年、次代へ
山中湖・河口湖、昔「穴釣り」今「ドーム船」
関係者「環境守り続ける」

更新日:2019年02月05日(火)

 山中湖と河口湖にワカサギの卵が持ち込まれてから今年で100年。山梨市出身の大学院生が新たな魚種を繁殖させようと移入したのが始まりとされる。一時は“主役”の座をブラックバスに奪われ、温暖化などの影響で「穴釣り」が行われなくなったものの、近年は暖房の効いたドーム船での釣りが人気に。「先人に感謝するとともに、次の100年に向け、これからもワカサギがすむ湖を守っていきたい」と地元関係者。山中湖村では節目の年に合わせて、ワカサギをPRするイベントが企画されている。

 村などの文献によると、山中湖、河口湖にワカサギの卵を移入したのは、日下部村(現山梨市)の生まれで、東京帝国大大学院(現東大大学院)の学生だった故雨宮育作氏。富士山麓の湖水を研究していたといい、1919(大正8)年2月には、山中湖と河口湖に茨城・霞ケ浦産のワカサギの卵を試験放流した。

 東大大学院の研究施設「富士癒しの森研究所」に勤める斉藤暖生助教(40)の調査によると、卵を放流した後、湖ではワカサギが繁殖。文献には「魚の少ない山国の甲府の人々に喜ばれた」と記されている。その後、ワカサギの卵は精進湖や市川三郷・四尾連湖にも移入された。

 富士五湖は他の水系と接していないことから、生息する魚の種類が少なかったとされる。斉藤助教は、雨宮氏がワカサギの卵を移入した理由について「魚種を増やすことで周辺の人々の生活を良くしたいという思いからでは」と推測する。

 36年には、当時、群馬・榛名湖で盛んだった「穴釣り」を、雨宮氏と交流のあった東京帝国大教授が紹介。山中湖で初めて行われたとされる。翌年開催された「山中湖氷上カーニバル」ではカーリングやボブスレーといったウインタースポーツとともに、穴釣りがプログラムに組み込まれ、その後、冬の風物詩として定着したとされる。

 地元住民によると、河口湖も30年代までは結氷し、穴釣りが行われていたという。ただ、近年は温暖化の影響などで凍ることはなく、山中湖でも2014年を最後に穴釣りは行われていない。

 00年代に入ると地元のボート業者らが、暖かい船内で釣りを楽しめるドーム船を導入。餌不足による不漁もあったが、漁協関係者が稚魚の飼育方法や放流時期、採卵方法を見直したほか、禁漁期を設定。こうした取り組みが実を結び、にぎわいを取り戻している。

 一時はブームとなったバス釣りも今は下火になっている。山中湖漁協の羽田正男組合長も「湖にワカサギがいなかったら、と考えると恐ろしい。先人に感謝したい」。河口湖漁協の外川強組合長は「不漁の時期もあったが、湖にとっても非常に重要な資源になっている」と話す。

 山中湖村の村民有志でつくる「わかさぎプロジェクト」(天野績男代表)は、移入100周年を記念し、村民や東大生が交流したり、湖の環境保全について意見交換したりするイベントを計画。天野代表は「雨宮さんの功績を広く周知したい。100年先もワカサギが生息できる環境をつくることが、今を生きるわれわれの使命だ」と話している。

釣り客でにぎわう河口湖のドーム船船内
釣り客でにぎわう河口湖のドーム船船内
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