富士山の生い立ち

富士山の生い立ち
 富士山は玄武岩を主体とする標高3776メートルの成層火山で山梨、静岡両県にまたがる。その誕生は、今から100万年から70万年前の海底火山に始まるとされる。火山の寿命からいうと、富士山はまだ若い青年期の火山であるが、生い立ちについては不明な点が少なくない。

 「富士山は3階建て」と言われることがある。3世代が同居した山とも言う。70万年から20万年前に「小御岳こみたけ)」が生まれた。安山岩質で粘性が強く、高さ約2400メートル前後の火山を形成した。富士山有料道路(富士スバルライン)の終点近くにある小御岳神社は、この時の小御岳山頂壁上にあるという。また現在の「新富士」は孫にあたる。

 新富士の原型である「古富士」の活動開始は、10万年から8万年前。小御岳の中腹・南斜面から活動を始め、爆発的な噴火を繰り返して小御岳を覆った。大量の火山灰が関東ローム層として堆積。約2万5000年前には山体が崩れて大規模な「古富士泥流」も発生するなど、数百回の噴火、数回の山体崩壊を重ねた。

 約1万1000年前、古富士の頂上が火を噴いた。これを境に噴火のタイプが爆発型から溶岩流出に変わり、現在の新富士火山活動期に入ったとされる。以後、縄文時代中期の5000年前ごろまで火山活動が活発となり、繰り返される火山砕屑物の噴出と玄武岩質の多量の溶岩流出は山体の末端まで到達、何層にも重なって小御岳や古富士を覆った。これによって今日の美しい円すい状火山、富士山が誕生した。しかし、その後も噴火は続き、781年の続日本紀の記録以降、文献に残るものだけでも、江戸時代半ばの1707(宝永4)年の宝永の大噴火まで十数回に上る。特に宝永の大噴火では、山腹に大きな火口が形成されるなど、富士山の火山活動は今も続いている。

 さて冒頭で「富士山は3階建て」と記したが、2004(平成16)年、富士山の地下に、小御岳よりもさらに古いとみられる「先小御岳」と呼ばれる第4の火山体があったとする東大地震研究所のボーリング調査結果が報告され、4階建ての可能性も出ている。また、氷期の噴火によって山頂の氷河が解け、繰り返し発生したと見られる泥流の堆積物も大量に見つかり、富士山形成史を見直す手掛かりになるとみている。
富士山NET−富士山の生い立ち
山日YBSヘリ「ニュースカイ」(NEWSKY)から。手前のくぼみが宝永火口 富士山の構造
小御岳、古富士という2つの古い火山の上にできたとされていた富士山の地下に、小御岳よりもさらに古いとみられる第4の火山体があることが、東大地震研究所のボーリング調査で分かった。(2004年)
山日YBSヘリ「ニュースカイ」(NEWSKY)から。手前のくぼみが宝永火口


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