富士山の登山史年表(江戸・明治・大正)

富士山の登山史年表(江戸・明治・大正)
(ふじさんのとざんしねんぴょう えど・めいじ・たいしょう)
富士山NET−富士山の登山史年表(江戸・明治・大正)
年月日 出来事
1832(天保3)年 江戸の高山たつが女性初の登頂。たつは旧暦9月26日(現在の10月下旬)、女人禁制の富士山に男装して富士講行者とともに吉田口から登った。【9月26日】
1860(万延元)年 初代イギリス公使のオールコックらが登頂。外国人の初登頂。この時、標高を測り4322.6メートルの結果。【7月26日】
1867(慶応3)年 イギリス人ハリー・パーク夫人が外国人女性として初めて登頂。
1872(明治5)年 富士山の女人禁制が解かれる。
1891(明治24)年 ウオルター・ウエストンが村山口から冬季富士登山。【12月】
1895(明治28)年 野中至が山頂での越冬気象観測を目的に登頂。秋に山頂に小屋を建て、10月1日から越冬観測に入った。10日ほど遅れて合流した千代子夫人と12月下旬まで観測を続けたが、厳寒と病気で動けなくなっているところを救出された。【2月14日】
1898(明治31)年 小泉八雲が御殿場から富士山へ。
1906(明治39)年 西多摩郡調布村の光時、吉原、木村らが自転車で山頂へ。23日に吉田口から入り、25日に登頂し御殿場口へ下山。【8月25日】
1907(明治40)年 武田千代三郎知事(日本山岳会員)ら数人が6合目あたりまで登り登山道改修、山小屋建設、電話開設の調査を行う。【5月】
吉田口の8合目、富士宮口の頂上に郵便局開設。【7月11日】
吉田口8合目で電話開通式があり、武田知事らが出席。【8月1日】
この年の登山者は総数5万3943人。このうち吉田口が3万5000人。
1909(明治42)年 視覚障害者8人が御殿場口から登山。【7月19日】
1913(大正2)年 鶴見宜信歩兵大尉ら軍人6人が吉田口からスキー登山。12月31日に登山を開始、1日午後1時半、風雪の中を登頂した。【1月1日】
1914(大正3)年 新潟・高田スキークラブの8人がスキー登山。4日、8合目で突風にあおられ2人が滑落、1人が死亡。【1月2日〜4日】
1915(大正4)年 5合目の佐藤小屋が営業を開始。現在も冬も営業の小屋として知られる。
1921(大正10)年 東京市役所パーティーが突風に遭い1人が滑落、死亡。【11月11日】


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