“下山”した山頂レーダー 

“下山”した山頂レーダー 
 山頂で白く輝いていた富士山測候所のシンボル・富士山レーダー。現役を“引退”した今、富士吉田市が新設する体験学習施設の目玉として「第二の人生」送っている。

 富士山レーダードーム・体験学習施設は、同市新屋の地域活性化エリア内にある「リフレふじよしだ」内に設置されている。1階に富士山を題材にした小説も多い作家の故新田次郎関連の展示や富士山レーダーの歴史を紹介する展示、2階に富士山での気象観測に関係する展示、3階の屋上展望台にレーダードームを展示している。施設は2004年4月にオープンし、富士山の気象や観測の歴史が体験、学習できる新スポットとして人気を集めている。

 富士山レーダーは、東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年に完成、同年10月から「台風監視の目」として日本の空を休みなく見つめ続けてきた。レーダーは800キロ先の台風もとらえることができる能力を持ち、世界でもトップクラスの性能を誇った。3776メートルの富士山頂への建設作業は困難を極めたが、当時の技術者の情熱と使命感が難作業を克服した。

 世界的に権威のある米国の電気電子学会(IEEE)は「電気通信技術の歴史的偉業」とたたえ、2000年3月にマイルストーン(道標)と呼ばれる記念プレートを贈った。日本での受賞は「日本の10大発明」の1つとされる八木アンテナに続く2例目で、世界に誇る最先端技術だったことが認められた。

 主な業務の台風監視は、1977年に打ち上げられた気象衛星「ひまわり」が取って代わり、残された雨量観測などの役割も、静岡県の牧ノ原台地と長野県の車山に設置された気象レーダーが受け継いだ。そして1999年11月1日午前10時、富士山レーダーは35年間にわたった観測業務の幕を静かに閉じた。2004年10月1日には最後の業務に当たっていた職員が下山。1932年に開設された富士山測候所は72年間の有人観測業務を終え、無人となった。

 富士山測候所では無人となった今も、気圧、気温、湿度などの自動観測は続けられ、貴重な高層気象データを地上に送り続けている。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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