広がる水のない大河「大沢崩れ」

広がる水のない大河「大沢崩れ」
 千年以上前から崩落が続く「大沢崩れ」は富士山西側に流れる川の一部で、山頂付近から標高2100メートル付近までの約2.1キロ、幅が約500メートル、最深部は深さ約150メートルに達する。現在でも年間約14万〜16万立方メートルの土砂が崩れ続けているという。

 大沢崩れの防災工事は1967年、当時の当時の田辺国男山梨県知事が政府与党連絡会議の席上「最近富士山の山容が変化してきた。特別の防災工事を考慮してほしい」と要請したのがきっかけになった。これに対して当時の佐藤首相は「日本の象徴富士山を守るため関係当局に指示する」と約束した。

 大沢崩れによる土石流災害が富士市や富士宮市に及んでいた静岡県では既に1957年、富士山大沢崩れ対策委員会を設け調査に着手。1968年からは建設省(現・国土交通省)の直轄事業になり、1970年に富士砂防工事事務所(現・富士砂防事務所)が設置された。

 工事は大沢崩れの下流域への土砂災害の軽減を目的とする実験的工事を経て、1974年から本格的な工事を開始。とはいえ、相手は千年前から断続的に起きている自然現象。人間の英知がどこまで通用するか、気の遠くなりそうな大自然への挑戦が始まった。

 工事はこれまで、大沢の滝の後退を防ぐため滝の前面への低ダムの設置、土石流の流下による浸食を防ぐための渓岸工事、山腹の崩壊を防ぐための鋼鉄製ネットの設置、カラマツ植樹など十数種類の工法を用いてきた。

 2007年度から始まった工事では、土砂と水分を分離させて、土石流の勢いを弱める仕組みの砂防施設を設置。同施設は、水を通す穴のあいたコンクリート製の堤のほか、1個約1.5トンのコンクリートブロックを敷き詰めた構造になっている。作業の安全性を図るためにすべての工程をヘリコプターで実施。ヘリコプターで運んだ土のうで作った型枠に生コンクリートを流し込むなど、現場には人が立ち入らない仕組みになっている。富士山奥庭近くのヘリポートから、1日に約40往復するという。ブロック計4500個を配置し、2011年度に最初の1基が完成。その後は標高3000メートル付近まで、9基の施設を敷設する考えで、約60年以上掛かる見込みだという。
富士山NET−大沢崩れ
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