富士山を目指したB29

富士山を目指したB29
(ふじさんをめざしたB29)

 太平洋戦争の末期、日本の都市は米軍のボーイングB29爆撃機や艦載機グラマンF6Fによる銃爆撃を受け、壊滅状態に陥った。特に東京空襲を目指したB29は、サイパン島を飛び立ち富士山を目標に飛来した。

 柳田邦男「零戦燃ゆ」によると、東京上空に初めてB29が侵入したのは1944年11月1日。偵察のため単機で飛来したB29は、水平線上に姿を現した富士山を目標に北上、手前で右にコースを変え、高度9600メートルから地上施設を写真撮影した。11月24日、東京西郊の軍需工場爆撃を目指した111機のB29がサイパンを離陸。編隊は富士山手前で右旋回して東京に向かい、中島飛行機武蔵工場、杉並、品川、東京港などを空襲した。これがB29による東京初空襲だった。その後、1945年3月10日の空襲などで東京は完全にマヒしていった。

富士山を目指したB29

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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