富士山頂の気象観測はいつから

富士山頂の気象観測はいつから
(ふじさんちょうのきしょうかんそくはいつから)

 公設の通年観測は1932(昭和7)年7月1日からとなる。2002(平成14)年の7月1日で70年となる。外輪山南東の東安河原に「中央気象台臨時富士山頂観測所」が設置されたが、1936年に剣が峰に移った。風の観測条件を考えての移設だった。山頂のシンボルだった気象レーダーは1964(昭和39)年の建設で、翌1965(昭和40)年3月から正式に運用された。レーダー観測は1999(平成11)年11月1日に終了。現在は気圧、気温、風向、風速などの自動観測が行われている

 最初の気象観測データとなると、1860(万延元)年9月10日に外国人として初登頂した英国公使のラザフォード・オールコックに同伴したロビンソン海軍大尉が、正午の日向の気温や、水を沸かして沸点を求めたり簡単な測定をした記録が残っている。富士山頂での気象観測は1880(明治13)年8月、東京帝国大のお雇い教師、アメリカ人T・C・メンデンホールと同じくF・Sチャップリンが山頂の重力調査で登山した際に気圧、気温、湿度を観測したのが最初と言われている。気象台からは、1887(明治20)年9月4日から6日まで中央気象台のお雇い技師、ドイツ人のE・クニッピングが、中央気象台の正戸豹之助技手らと登頂、山頂で3日間気象観測している。(クニッピングは日本の天気予報の父と呼ばれ、日本の天気予報の第1号を明治17年6月1日に発表している)

 富士山頂での通年の気象観測の重要性を最初に唱えた野中至は、1895(明治28)年に剣が峰(富士山の最高地点)で妻千代子とともに決死的な越冬観測を試みた。10月からの観測は病気のため12月22日で終わったが、この努力が公設観測所設置へとつながっていく。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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