世界遺産「富士山」へ プロジェクト始動
「ふじさんの日フォーラム」で対談
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 長沢まさみさん 見えると幸せな気持ち
 新井 満さん 涙出てくる特別な存在
 三遊亭小遊三さん 品が良く絵になる
 「ふじさんの日フォーラム」では、「富士山」などの曲を持つ芥川賞作家で作詞・作曲家の新井満さんと静岡県出身の女優長沢まさみさんが、富士山への思いを語り合った。

 −2月23日「富士山の日」の印象は。
 長沢 静岡県といえば富士山というイメージ。イベントも行われるので静岡県民も楽しみになるのでは。
 新井 よく考えついた。11月22日「いい夫婦の日」に匹敵するくらい分かりやすい。

 −長沢さんの実家がある静岡県磐田市からも富士山は見えるのか。
 長沢 家からは見えなかったが、天気のいい日は小学校から見えた。清水の方にある父の実家に行く時も、車の中から富士山が見えると「今日はいいことがあった」と幸せな気持ちになれた。中学2年生で、親元を離れ東京に出た時も、中学校の最上階から富士山が見え、「富士山も応援してくれている」と、勇気をもらったのを覚えている。いつも変わらずにある富士山は安心感につながる。

 −新井さん(新潟県出身)が初めて富士山を見たのは。
 新井 中学生の時、修学旅行で箱根に行き、夕方に素晴らしい富士山を見たのが最初。涙が出てきた。なぜ山を見ただけで涙が出るのか不思議だった。日本人にとって富士山は何か特別だ。見えない富士山が見えただけで「いいことがある」と感じられる。大学生で上京し、めげた時も東京タワーに登り、富士山を見た。見ているうちに「まなざしを高く、志を大きく」という気持ちになった。

 −サムエル・ウルマンの詩「青春」を翻訳する時、富士山を見て思うことがあったと聞いたが。
 新井 翻訳が難しくて挫折したので、気分を変えようと富士山を見に行った。一日中、富士山を眺めているうちに「富士山が諭しているような翻訳をすればいい」とひらめいた。詩は年齢と青春はあまり関係ないという内容。若くても夢がなければ青春ではない。80、90歳の年寄りでも夢があれば青春真っ盛りということだ。長沢さんの夢は。
 長沢 今回のイベントに参加させてもらったのも、「静岡県民として頑張りたいな」という気持ちがあるからだと思う。人の役に立てるようになりたい。

 −「富士山」という曲はどういう思いで作ったのか。
 新井 富士山は「美しい」「雄大」「畏敬いけい」などいくらほめてもきりがない。ほめれば、ほめるほど陳腐になり、遠ざかる。だから逆に富士山にほめてもらおうと考えを変えた。それに人生の四季と富士山の四季を重ね合わせ、歌ができた。

 −新井さんは「千の風になって」を作ったことでも知られるが。
 長沢 (「千の風」を)カラオケでは友達と歌う。詞は若い人にとって難しいが、音楽はとてもいやされる。
 新井 富士山を「不死の山」と書く人もいる。「千の風になって」は死んだら風や鳥、光など大自然のものに生まれ変わり、生き続けるという永遠の命がテーマ。不死の山の富士山とつながるのではないか。富士山頂に吹き渡る風もきっと千の風だよ。

 −会場には大月市出身の落語家三遊亭小遊三師匠もいる。山梨県側から見た富士山について語ってほしい。
三遊亭小遊三さん(左)も登場し、山梨側の富士山の魅力をアピールした=東京都内
 小遊三 全国どこに行っても、90%の人は「富士山が静岡にある」という。山梨の「や」の字も出ず悔しい。笑点の楽屋話でも、富士山は静岡県側から太陽の光を浴び、その影の部分が山梨県で、山梨側が裏富士だと言われる。だが山梨から見る富士山は品がいい。甲府盆地から見るのも、本栖湖から見るのも結構。河口湖の逆さ富士もいい。大月市から見る富士山は三ツ峠や小さい山もあって絵のようだ。だが静岡からは全部見えてしまう。言ってみればパンツをはいてない富士山だ(会場笑い)。

2009年3月4日付 山梨日日新聞掲載


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