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「顕著な普遍的価値」の概念の発展 クリスティーナ・カメロンさん
 世界遺産条約は、人類共有の遺産を保護するために、世界で最も広く知られた有効な手段である。この条約を支える基本的な考えは、「顕著な普遍的価値」という概念だ。しかし、条約の神髄ともいえるこの言葉の定義は条文中に明記されていず、遺産の価値をどのように評価するかについては、世界遺産委員会に委ねられている。

 世界遺産委員会は、世界遺産に推薦された資産の「顕著な普遍的な価値」を判断するための基準を設けている。この基準は、条約加盟国の増加によって各国から推薦される遺産の種類が広がり、価値への理解が深まるとともに“進化”している。

 特に木造建築物を保全しようという日本の貢献によって、1994年に奈良で開催された国際会議では、歴史的に重要な場所にかかわるオーセンティシティー(真実性)の概念について、物質だけでなく、機能や伝統、技能、技術、管理体制、言語、精神、感性など無形の価値や関連性を含むものである−との見解が示された。

 ここで委員会が直面している課題について触れておきたい。課題とは(1)世界遺産リストの拡大(2)リストの不均衡(3)世界遺産システムの「政治化」−などである。

 リストに記載された世界遺産は現在900件近くある。あまりにも増え、価値低下が指摘されている。リストの信頼性を確保するため、1992年には遺産登録の「戦略的見直し」が行われ、価値が著しく損なわれた遺産については抹消も、という強いメッセージを出した。2005年には作業指針を見直し、登録申請物件に対して客観的かつ科学的な審議に取り組んでいる。

 また、1980年代以降、加盟国が増えたことで国や地域バランスの取れたリスト作成への機運が高まり、1992年に「文化的景観」というカテゴリーを、1994年にはバランスの取れた世界遺産リストのためのグローバル戦略を採択。文化人類学的見解を取り入れ、文化的伝統を受け継いでいる場所も対象になった。富士山の場合も、その場に息づく精神的、宗教的な意味が評価の対象になるだろう。

 さらに近年は世界遺産システムの政治的利用が懸念されている。登録の審査には専門的な知識が必要にもかかわらず、委員会の各国代表の多くが外交官になるなど「政治化」が見られる。政治が専門的な配慮を凌駕(りょうが)してしまうと、世界遺産リストの価値そのものを落としかねない。

 世界遺産登録は、保存・管理への長いプロセスの第一歩。美しい地球の進化や、人類の創造的な多様性を示すものとして将来に伝えていくために、遺産の健全性を維持していかなければならない。

文化的景観と世界遺産条約 ノーラ・J・ミッチェルさん
 「文化的景観」とは、人間と環境の長い間の相互作用により独特の空間が形づくられた場所。「社会的、経済的、文化的な内外の力から継続的に影響を受ける中、人間の社会と居住地が長い時間をかけてどのように進化してきたかを例証するもの」などと定義されている。

 文化的景観が1992年に、世界遺産に推薦する資格があるものとして正式に認められて以来、世界遺産の定義は大きく広がった。有形・無形の文化的表現を幅広く含むようになり、文化と自然との関係が検討されるようになった。

 2001年には、アジアの信仰の山に関する専門家会議が日本で開かれるなど、国際的なテーマ別研究が行われている。こうした会議の成果から暫定リストに推薦されたものもある。文化的景観は1907年までに60カ所が世界遺産登録されている。

 認定要件には、顕著な普遍的価値に加え、真実性と完全性を有すること、長期的な管理、遺産の価値を守るための保護・管理体制が整備されていることが挙げられる。

 1904年に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」では、紀伊山地の聖地や霊場を結ぶコミュニケーションネットワークとしての参詣(さんけい)道の景観が、1200年にわたる霊山の伝統を物語るものとして重要な役割を果たしている。

 世界遺産登録の目的は、現代と将来世代のために「顕著で普遍的価値」を維持すること。文化的景観の維持管理を適切に行うためには、遺跡の十分な理解のもとに地元住民や利害関係者、文化的グループなどを参加させることが必要になってくる。かかわるすべての人に対して、学習の機会を持つことも重要になるだろう。

 特に、地元住民には登録推薦書を書く段階から参加してもらうべきだろう。地元住民の参加とリーダーシップが、遺産の管理には不可欠になってくる。遺産の伝統的な土地利用や文化的慣例を維持し、経済的活性化も含めた将来計画は、地元住民抜きには語れない。

 世界遺産条約は、全世界の遺産を保護するために有効な国際的枠組みだ。文化的景観が組み込まれてからは、これまで以上に自然と文化のかかわりや、人間と居住環境とのつながり、伝統的な管理システム、土地利用の形態についての議論が活発になった。条約締約国が、地元レベル、国レベル、世界レベルで、「ランドスケープ・ヘリテージ(景観遺産)」を考えるための重要な「活性剤」の役目を果たしている。

2008年11月11日付 山梨日日新聞掲載


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