世界遺産「富士山」へ プロジェクト始動
パネルディスカッション
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 パネリスト
清雲俊元さん 山梨郷土研究会理事長
笠井智明さん 山梨県理事(世界遺産担当)
赤土攻さん 元環境庁南関東地区国立公園・野生生物事務所長
松田百合子さん 陶芸家
 コーディネーター
小田 全宏さん
富士山の文化的価値、世界遺産登録の意義や課題について意見を交わすパネリストら=富士吉田・県環境科学研究所

 小田 初めに富士山の魅力とは何か、聞かせてほしい。

 笠井 気高さ。美しさ。崇高さ。富士山は日本一の品格を有する山である。自然遺産と文化遺産の中間的なカテゴリーである「文化的な景観」をとらえて世界文化遺産申請をしていくことになるが、これまでの文化遺産は遺跡や建物といった単体、富士山は高大なエリアが対象になる。自然と文化が溶け合って、渾然(こんぜん)一体となっているさまが文化的景観であろうと思う。信仰の対象にもなってきた富士山、そうした意味で気高く、崇高な景観を有し、それが大きな魅力といえる山である。

 清雲 27年前に仲間と登ったとき、修行の場とあらためて感じた。先祖たちが富士山に登り、それぞれの時代にさまざまな宗教が生まれる。山岳信仰、そして大きな広がりを見せた富士講。日本人の精神文化を築きあげた場所だと思う。山岳信仰の祖といわれている役行者(えんのぎょうじゃ)像が県内にもあり、そのうち旧中道町の円楽寺にある像は現存する中で最古級のものだという。こうしたことからも富士山は山岳信仰きっての存在であるといえ、富士山を通して精神文化が脈々とつながってきた、と深く感じている。

 赤土 眺めているだけで深く感動する山はほかにはない。海抜ゼロメートルから山頂まですべて見ることができ、5合目辺りから険しくなっているところ に美しさの特徴がある。植生に着目すると、火口付近にはフジアザミという特有の植物があり、森林限界付近はカラマツが活躍している。富士山は新しい山である。青木ケ原樹海のヒノキを中心とした森林、山中湖のハリモミ純林…。これらは今後、放っておいても自然に姿を変えていく。こうした遷移途中の生態系を持つことが富士山の特色であり、自然観察の場として活用していくことができる。

 松田 ワラビ採りですそ野に入り、広大さ、雄大さをあらためて実感した。ヤナギランの群生、秋の一面のススキは大海原の波頭のように銀色に輝く。富士に沈む夕日もいい。ただ、初めは冬の寒さを知らずマイナス20度ぐらいになったときはどうしよう−、と戸惑った。だが、あるときふと気付いた。雪が降り、誰も来ないこの真冬の時期は創作に最高の時期だと。富士山のふもとの寒さ、しびれるが、ものづくりには集中できる素晴らしい環境。そして富士山そのものを形づくるわけではないが、富士山から受けるインスピレーションが創作活動に生きている。すそ野に住む者のみが感じ取ることができる魅力ではなかろうか。

清雲さん 精神文化のシンボル
笠井さん 文化的意義を広めて


 小田 次に富士山を世界遺産にすることの意義を考えたい。

 清雲 富士山の世界遺産登録を目指して活動する前に、富士山が特別名勝であることが知られていない。また特別名勝の価値が理解されていない面もある。山梨の「国宝」を論じるとき、建物やよろいなどのほか、富士山や昇仙峡といった名勝も含めて考えるやり方があってもいいと思う。
 富士山の特別名勝指定を振り返ると、実現するまでには関係者の苦労があった。明治の終わりごろ国勢の発展に伴い、開発や人為的な原因で史跡・名跡や天然記念物が破壊されたことが問題視され、帝国議会で取り上げられた。その際に富士山も仮指定となったが、本指定は戦後の1952年。範囲は仮指定時の約5分の1だった。国指定の特別名勝でさえ、その経過をみると理解を得るのが難しいものだったことが分かる。
 1994年ごろから富士山を世界遺産にしようとする運動が起き、富士山の環境保全運動も盛んになった。昔からみれば富士山の環境はずいぶん良くなった。富士山は日本の国宝、またはそれに匹敵する特別名勝というだけでなく、地球と人類が未来永劫(えいごう)守り続ける世界遺産として認めてもらう必要がある。それは、今日まで伝えられてきたわれわれの精神文化が認められることにもなる。日本人のすべての精神文化のシンボルという意味を含めて、登録される意義は大きい。

 赤土 1993、94年ごろに世界遺産登録に向けた運動が展開され、約246万人の署名が集まった。そのころ国でも『富士山は文化遺産の方が適切』との論議があったが、当時はまだ文化的景観のカテゴリーが明確でなかった。最近はカテゴリーがはっきりしてきたので、その視点から考えることは大きな意義がある。

 松田 2001年に富士吉田で韓国と日本の工芸作家による展覧会を開いたが、タイトルは「日本と韓国」ではなく韓国側が「富士とソウル」を望んだ。韓国では美のシンボルとして受け止められているのだと感じた。
 日本人の中に富士山はDNAのように入り込んでいると思うが、意外と“実体”は抽象的にしか知らないのではないか。自然や歴史、文化の知識について漠然とした認識ではなく、世界遺産登録キャンペーンをきっかけに、理解が深まり、地元の人には環境保全の責任感が一層根付いていけばいいと思っている。

 笠井 (世界遺産登録は)富士山の文化的景観、環境の保全に大きな効果があるといえる。環境保全は行政だけの取り組みでは限界がある。行政、民間が共同して富士山の環境保全に取り組むという意識が芽生えたら、登録の意義は大きい。最近は文化遺産の登録が多く、昨年度新たに世界遺産になったもののうち17が文化遺産で、このうち13が文化的景観だった。今後は文化的景観のカテゴリーに入る世界遺産が増えていくだろう。

赤土さん 環境保全の理念不変
松田さん 若者の力取り入れて


 小田 富士山の世界遺産登録は結果だが、そのプロセスに意義があることをあらためて感じた。次は世界遺産登録に向けた課題について話を進めたい。

 赤土 世界遺産のイメージと富士山の現状にギャップがあると感じる人は多い。1つには開発され過ぎているというイメージ。富士山地域には山梨側だけで約11万人が生活している。世界にもあまり例がない数だ。登録に向けて保全と開発の対立の構図ではなく、富士山地域に住む人たちが中心となって富士山とどう生活していくか−、グランドデザインを描いて国民に知ってもらうのが悪いイメージをぬぐい去る1つの方法ではないか。
 2つ目は富士山は汚いというイメージ。背景には、富士山地域(国立公園)の利用者が年間3000万人、富士登山者は30万人という、国立公園でも日本一の人の多さがある。富士山を愛している人がそれだけ多いといえるが、ごみやし尿処理の問題が起きているのは事実。「富士山憲章」の制定などで、ごみやトイレの問題は国民が強い関心を持ったが、富士山全体ではまだ改善が進んでいない所もある。きれいになった5合目以上での取り組みや考え方を、富士山全体のシステムとしてすべての観光客に理解させ、富士山の環境保全のために努力する辛抱強い取り組みがこれからも重要になる。この2つのイメージのギャップ解消が登録推進にもつながっていく。

 松田 テレビなどを見て感じることだが、日本人はある一部分のクローズアップが得意のようだ。フレームの中に入った部分だけを見れば満足する、という国民性ものぞく。ロングショットで全体像を見ることが少ない。
 地元に住み、すそ野を見るという点では、避けて通れない問題が自衛隊の演習場。文化の日にたまたま外国人の友人が遊びに来て「文化の日に演習する神経が分からない」と言われた。政治的な問題よりも感性、美学の問題。自衛隊反対と言うつもりはまったくないが、現実に周辺に住む者として演習場は気に掛かる。

 笠井 演習場の存在について世界遺産登録という観点からみると、自然遺産は人為的な影響がないなど“完全性”が求められるが、文化遺産はまさに「文化」であってそこに生活、産業活動があって当然ということになる。ただ演習場エリア内に富士山の文化的価値を有する建造物や遺産が数多くあるとするならば保護していく必要がある。
 先日、世界遺産登録を目指している島根県の石見銀山遺跡を視察し、知名度アップが課題という話を聞いた。その点、富士山はメジャーであり心配はない。だが文化遺産として文化的な意義を世界や日本国内の人たちに、いかに知らしめるかが今後の大きな課題となる。

 清雲 ハードルはいくつかあり、1つは世界遺産を登録するゾーンをどう決めるか。コアゾーン(核心地域)と、それを囲むバッファゾーン(緩衝地域)を設定しなければならない。文化遺産としてはさまざまな関係文化財を洗い出す必要もあるが、それもゾーンが決まらないと進まない。
 適切な保存管理計画を立てることも必要だ。これもバッファゾーン設定の進ちょく状況にかかわってくる。さらに富士山の精神文化を、外国人にどう理解してもらうかだ。日本人は分かっている部分を、どう説明していけばよいか。文化的景観の価値の説明の仕方が課題になる。

 小田 富士山の価値を世界にどう伝えるか、ゾーンの特定、ごみ問題など、さまざまな課題が挙がった。それぞれ考え方の違いはあるが、それを乗り越え、富士山を世界遺産にしていくことに大勢の人々の意識が結集すれば素晴らしいことだと思う。最後に富士山を世界遺産にすることに対する、それぞれの思いを聞かせてほしい。

 松田 登録されようがされまいが、富士山の環境を保全していくことは当たり前のことだと思う。
富士山の世界遺産登録に関する議論に熱心に耳を傾ける参加者=富士吉田・県環境科学研究所
オランダで世界遺産の修復作業に、職業訓練を兼ねて失業中の若者の力を取り入れ成功したケースがあった。日本でもニートの人たちが富士山保全にかかわれる仕組みができないものか。富士山へのかかわりは、若い人たちの誇りや自信にもつながる可能性がある。

 笠井 中国の言葉で天の時、地の利、人の和がある。富士山の世界遺産登録に置き換えれば、天の時はまさに今回の運動にみられる大きなうねり。地の利は富士山の知名度。あとはこの会場にいる人たちをはじめ、全国大勢の人の輪をつくり、早期に登録を実現させたい。

 清雲 (初めに富士山の世界遺産登録運動が起きた)1994年ごろから急激に県民、国民の富士山に対する思いが変わってきた。富士山の「価値」についても知ろうとしている。これをさらに広げていきたい。先人から伝わる精神的な柱としての富士山を、われわれも後世にきちんと残していかなければいけない。

 赤土 富士山は日本のランドマークでありシンボル。その観点から保全していくという考えは永久に不変ではないかと考える。
清雲 俊元(きよくも・しゅんげん)さん 1935年生まれ。甲州・放光寺長老。県文化財保護審議会長。富士山世界文化遺産・県学術委員長。国学院大文学部卒。
笠井 智明(かさい・ともあき)さん 1947年生まれ。70年に県庁入り。県住宅供給公社専務理事、県企業局次長などを歴任。立教大法学部卒。
赤土 攻(しゃくど・おさむ)さん 1945年大阪市生まれ。日本鳥類保護連盟評議員。自然環境共生技術協会専務理事。大阪府立大農学部卒。
松田 百合子(まつだ・ゆりこ)さん 兵庫県芦屋市生まれ。1969年忍野村に築窯。県立美術館新人選抜展新人賞、イタリア・ファエンツァ国際陶芸展金賞など受賞。

2006年6月26日付 山梨日日新聞掲載


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