世界遺産「富士山」へ プロジェクト始動
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風景画の代表的な題材 静岡県立美術館主任学芸員 山下 善也さん
 葛飾北斎の富嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」は、つめを立てて襲いかかる巨大な波、船にしがみつく人々、奥に富士山が見え、世界的に最もよく知られた富士山のイメージだ。浮世絵は海外にも渡って印象派の画家に影響を与えた。この大波の絵を見たドビュッシーが交響詩「海」を作曲したことが知られている。

 現存する中で最も古い富士山の描写は、東京国立博物館の「聖徳太子絵伝」。富士山は実際よりかなり急な傾斜に描かれ、富士山に対する当時の人々の畏敬(いけい)の念が投じられている。

 室町時代には大変多くの富士山図が制作された。熊本の大名細川家に伝来した伝・雪舟筆「富士清見寺図」は江戸時代を通じ、連綿と模写されていく。富士山のご神火が描かれた豊臣秀吉の陣羽織や、野々村仁清の富士山型香炉もある。江戸初期の有田焼には富士山型の皿や富士山の絵柄が数多く見られる。

 江戸後期、独学で西洋の油絵技法を習得した司馬江漢が描いたのはほとんどが富士山。江漢は日本の風景の代表として富士山を選び、油絵の迫真性をアピールした。横山大観が描いた富士山の絵は1500点にも及ぶ。

 1000年の時を経て描き継がれた富士山は日本の絵画史上、際立って愛されたテーマだった。富士山はまさに景観の見本、文化的景観と呼ぶにふさわしい存在ではないか。
山下 善也(やました・よしや)さん 1959年福岡生まれ。静岡県立美術館主任学芸員。専門は日本近世絵画史。論文・著作に「富士山の形成と展開」など。九州大文学部卒。
江戸庶民が愛した名山 法政大教授 田中 優子さん
 江戸の庶民が富士山をどこまで知っていたのか関心がある。日本人の初夢のアイテムに富士山が真っ先に出てくる。江戸時代の浮世絵風景画は北斎と広重によって発展し、その時に富士山が重要な要素として使われたことに注目したい。

 江戸の人たちにとって富士山は非常に重要なモニュメントだった。富士見という名前が江戸にたくさん残っているが、名前に表れない所からも富士はよく見えた。

 北斎が江戸からの富士を描く時は、庶民が富士山を眺めている場面を描いた絵が多い。眺めている一人一人の姿が大変面白い。何気なく富士山を描いているようで、非常に大きなよりどころだったことを感じさせる。よりどころをもっと近くに持ちたいと思い、当時の人は近くに富士塚を作った。人工の富士を作ることで、江戸の人たちは富士をより身近に感じた。

 さらに、くしなど身に着けるものに富士を描き、富士の力を自分の身に移すという考えもあった。江戸を境にして、富士山は人々の日常生活の中に完全に入り込み、定着した。

 富士山は日本人にとっての心のよりどころだった。富士山と自分という距離感を測りながら、人々の心を作ってきた。庶民の身近な文化としての富士山。江戸文化を創った重要な要素であり、近代、現代にも引き継がれている。
田中 優子(たなか・ゆうこ)さん 法政大教授。専門は日本近世文化、アジア比較文化。研究範囲は江戸時代の文学、美術、生活文化など。著書に「樋口一葉『いやだ!』と云ふ」など。
外国人魅了する美しさ 京都造形芸術大学長 芳賀 徹さん
 夏目漱石の「三四郎」に出てくる広田先生は、富士山は自然が作ったものなので、日本文化の象徴として自慢するようなものではないと言う。これは漱石流の皮肉であって、実際は全く違う。

 外国人の中で最初に富士山を見たのは朝鮮通信使だろうが、文章を残した西洋人はオランダ商館の医官で、ドイツ人のケンペルだろう。世界各地を旅したケンペルは1691年3月10日、長崎から江戸に向かう途中、初めて富士山を見て、「世界中で一番美しい山」と日記に書いた。

 外国人の初登頂は1860年9月11日に登った英国最初の駐日総領事オールコックだろう。日本人の精神の中枢である富士山に登ることは、外交官としてのデモンストレーション。富士山でコーヒーを飲んだ最初の外国人でもあった。

 外国人の記録で最も印象深いものの1つは、ラフカディオ・ハーンの名エッセー「ある保守主義者」。欧州留学から帰国した若い学者は汽船から見た夜明けの富士山に「古き日本」を感じ、進歩の浅はかさに気付く。誠に美しい文章だ。1921年、駐日大使として日本に来た20世紀フランス最大の詩人クローデルも、富士を「神の玉座」と詩に書いている。

 このように、多くの外国人が富士山を仰ぎ、富士山に日本文明の象徴を見た。富士山はまさしく世界的な文化遺産だ。
芳賀 徹(はが・とおる)さん 1931年山形生まれ。京都造形芸術大学長。専門は近代日本比較文化史、比較文学。著書に「詩の国 詩人の国」「詩歌の森へ」など。東大教養学部卒。
脈々伝わる精神の支柱 大原美術館長・京都造形芸術大学院長 高階 秀爾さん
 富士山は長い間、われわれの心に生きてきた。山部赤人の長歌にもあるように、日本人にとって古くから信仰の対象として存在した。朝に夕に、四季などによって変化し、さまざまな趣を示す。自然の風景として見ても美しく、親しみ深い。

 古いだけでなく現代につながって生きているのが富士山だ。太宰治は「富士には月見草がよく似合う」という言葉を残したが、新幹線など新しいものもよく似合う。来日した外国人から、新幹線に乗り富士山の姿を見たいという要望もよく聞く。富士は、同時に神の住む所であり、神様としてのたたずまいを今に残す。

 万葉以来の歌、俳句、物語の世界にも富士山は登場する。物語の最初といわれる竹取物語も富士山の場面で話が終わっている。芭蕉の俳句では野ざらし紀行の中に「霧時雨 富士を見ぬ日ぞ面白き」がある。時雨ていて箱根路から目では富士を見ることができないのだが、芭蕉の心の中に鮮明に富士のイメージが生きていることが分かる。

 現代では、「砂浜を歩きながらの口づけを午後五時半の富士が見ている」という俵万智さんのサラダ記念日の句に代表されるように、富士への現代人の愛着が分かる。

 日本人はいつの間にか、気が付かなくても富士とともに生きている。いろいろな場面で登場し、われわれの文化を支えてきたと言える。
高階 秀爾(たかしな・しゅうじ)さん 1932年東京生まれ。大原美術館長。京都造形芸術大大学院長。富士山会議副理事長兼調査委員長。専門は西洋近代美術史。東大教養学部卒。
古代信仰形態示す聖地 富士山本宮浅間大社宮司 渡辺 新さん
 富士山信仰は富士山をご神体とし、大社や山宮などを含んでできている。山宮は大社から富士山に向かって6キロほどの所にある。日本武尊が賊の火攻めに遭った際、富士の山の神に祈念して助かったお礼に神をまつったという場所だろう。

 山に登らずにふもとで神をまつることを遥(よう)拝と言う。山宮には社殿がなく、正面の古木・磐境(いわさか)を通して富士山を直接遥拝する。大社が山宮から現在の湧玉池のほとりに迎えられ、来年で1200年。山宮は古代の信仰形態を示す貴重な聖地であり、現代もまつりが続いているという意味で、今もなお生きていると言える。

 富士山周辺には遺跡が多く、富士宮市の隣町で発掘された1万2000−3000年前の縄文遺跡にも遥拝施設があった。日本の古代信仰では富士山に登ることはほとんどなかったが、平安時代に修験道が入ってきて、末代という修験者が頂上に初めて寺を建てた。それが今の奥宮。江戸時代には富士講が盛んになり、信仰登山が一躍増えた。

 日本人は自然界のさまざまな事象に神の存在を認め、神の許しを得ながら火を鎮める祈りをささげてきた。かつて世界のあらゆる民族で日本と同様に自然発生的なまつりがあったが、一神教に併合されて消えてしまった。このような文化を持つ山は、世界中で日本にしか残っていない。
渡辺 新(わたなべ・しん)さん 1938年新潟生まれ。富士山本宮浅間大社権宮司を経て2000年から同大社宮司。静岡県文化財保存協会長。熱田神宮学院卒。
文学者の心を揺さぶる 東大名誉教授文学博士 久保田 淳さん
 富士山の長い歴史とともに、日本の文学の歴史がある。8世紀の初めごろ、山部赤人などの歌人が富士山の姿を歌った。万葉集に収められていたが、漢字ばかりで書かれていたため、平安時代には簡単に読めない歌集になっていた。赤人の有名な富士山の歌も昔から広く人々に知られていたわけではない。

 10世紀に書かれた古今和歌集にも富士の歌があるが、いずれも噴火する富士山を恋の思いに燃える人間になぞらえて歌っている。更級日記では噴火する富士を目の当たりにして書き留め、富士山の噴火活動を知る上でも貴重な資料となっている。源頼朝も上京した時に富士山を歌っている。

 江戸時代に入ると、江戸は文化的に西日本に対して後進地域だった。その江戸の人が京や大坂の人に誇りを抱いていた点が一つある。それは江戸の町からは富士山がよく見えるということ。芭蕉が庵を構えた深川からもよく見え、いくつかの有名な句を残している。江戸の人々の生活に富士山は溶け込み、親しんでいた。

 近代の人々の富士山の考え方はさまざま。北原白秋は自身の人生における挫折、それからの立ち直りを富士山を見て歌った。

 富士山は座して動かないが、今も文学者の心を揺り動かしている。その存在感は芸術家の魂に働き掛けている。
久保田 淳(くぼた・じゅん)さん 1933年東京生まれ。東大名誉教授。文学博士。専門は日本中世文学、和歌文学、日本文学史。著書に「富士山の文学」など。東大文学部卒。

2005年7月28日付 山梨日日新聞掲載


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