世界遺産「富士山」へ プロジェクト始動
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環境美化を国民運動の形に 地元山梨、静岡が連携し推進を
「富士山を世界遺産にする国民会議」会長 中曽根康弘元首相
 各界の有志が集まってつくられた国民会議の会長に就任した。東京・平河町の事務所には、富士山の絵が何点も飾られている。「富士山が世界遺産でないことが不思議なくらい」と述べ、早期登録へ山梨、静岡両県などの連携を訴える。

 −富士山への思い入れは。

 「日本一の名山であり、霊山だと考えている。多くの国民が富士山をあがめ、眺めている。日本人の心のふるさとだ。小学校時代、正月の書き初めは『富士は日本一の山』が定番だった。多くの人が書いた経験があるのではないか。子どもの時から、特別な山であるという思いが染みついている」

 −出身の群馬県から離れ、旧制静岡高に進んだ経緯は。

 「親類が静岡高に通っていて勧められた。静岡は群馬と違って海があり温暖で、富士山が見える、と。3年間生活した寮は、秀麗富士を仰ぐという意味で『仰秀寮』と名付けられた。校歌、寮歌にも富士山は登場し、寮歌には『(富士は)天の黙示をもらすなり』という1節があった。神々(こうごう)しい霊峰である証しで、印象深い。毎日、寮から富士山を眺めて暮らした」

 −自然遺産ではなく、文化遺産としての位置付けによる登録運動についての考えは。

 「自然遺産登録への動きが盛り上がった前回(1990年代初め)は、ごみやし尿など環境問題がネックになった。今回、ユネスコで「文化的景観」という新しい基準が加えられた。江戸時代、富士山を信仰する富士講が全国各地で盛んに行われた。富士山は素晴らしい景勝地であると同時に、古来から神の山として精神的な価値が大きく、文化遺産として申し分ない」

 −課題となった環境問題への取り組みをどう展開するか。

 「地元や環境団体の方々が清掃したり、完全処理のトイレ設置などで改善されていると聞いている。さらに地元、全国民の協力で富士山を清め、悪条件を克服するようお願いしたい。(世界遺産登録)運動の意義を全国に呼び掛け、環境美化を国民運動の形にしていく」

 −山梨、静岡の地元住民はどのような運動が必要か。

 「山梨、静岡両県民と両県が共同歩調を取って、推進母体となる合同協議会のようなものをつくってもらいたい。私たちの国民会議は応援団で、申請するのは両県。詳細な申請書が必要になる。両県知事には浅間神社にお参りし、富士山にあいさつして運動をスタートさせたらどうかと提案した」

 −今後の国民会議の計画と登録への意気込みは。

 「私自身としては、3年以内の登録を目指したい。2年かけて政府の推薦を受け、3年目でユネスコの承認を得る。諸外国によく知られているという面でも、日本国内の候補としてナンバーワンだと考えている。今まで申請を怠ってきたのは日本人の怠慢。政治の生涯で最後のご奉仕のつもりでやり遂げる」

2005年6月29日付 山梨日日新聞掲載


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